お互い様の関係。
本日、お月参りにお邪魔する予定だったお宅に、30分ほど遅れてしまいました。
遅くなってすみませんと、一声かけてお邪魔すると、快く出迎えてくれました。
もともとそのお宅は、明日お邪魔する予定でしたが、急用が入ったとのことで、急遽予定の変更をお願いされました。
「無理を言ったのはこちらなので」といってくださいましたので、お互い様ですねといってお勤めを始めました。
生きるということは、他のいのちとの関係の上で成り立つものですので、「お互い様」という言葉はある意味当然のことではあると思います。
しかし、その言葉を発することができるということ自体、他の人と尊い関係を結ばさせてもらっている証であると思います。
私が他の人おかげでなんとか生きている。私という存在が、他の人に響いているという「お互い様」です。
逆に、迷惑をかける、不利益を被るのも「お互い様」です。
私が迷惑をかけられている以上に、私は他に迷惑をかけている。互いがそう思えたら、真に「お互い様」と言い合えるのだと思います。
しかし、私の利益は私のおかげ、私の不利益は他のせいという考えを持ってしまうのが私たちなのだと思います。
そういった思いに立って、都合のいい時にでてくる「お互い様」という言葉ではダメなんだと思います。
私からでてくる「お互い様」という言葉は、私の失敗を帳消しにしようという魂胆の現れだったのではないか、と反省しています。