自分の問題として。
本日は6日なので、今年最後の定例布教でした。
毎回、勤行の後に少し住職が挨拶をした後、2席説教師の方にお話をしていただいています。
今回は住職が葬儀で出られないため、私が勤行と挨拶をさせていただきました。
いつもお参りに来ていただける方々に妻の妊娠をとても心配していただいていたため、まず無事に生まれたと報告をさせていただきました。
皆さんに元気な報告をできたことがこんなに嬉しいとは思いませんでした。
今回の先生は東京の在家出身の方で、12歳の時に母親を亡くした事をきっかけにお坊さんの道を志した方です。
つい最近に父親を亡くされたことをお話しされました。お坊さんとしてもう何十回何百回と他人の葬儀を経験しても、いざ自分の番になると全然違うと話されました。
理屈ではわかっていても、現実として突きつけられると頭が働かない。今までの経験は全くうわべだけだったんだと思い知らされたそうです。
しかし、しっかりと自分の問題として受け止めることができたのは良かった、今年はいい年になったと語られました。
ここ最近のことで、生も死も、私の問題として起こってくることではじめて本当に私の身になるのだなぁと、思い知らされました。